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| 古代史ロマン |
| まえがき | 第2部 大和朝廷 |
| 第1部 邪馬台国 | 第11章 日本建国神話 |
| 第1章 編纂された歴史 | イザナギ、イザナミの話 |
| 消された邪馬台国 | 高天原と出雲の話 |
| 卑弥呼は神功皇后か | 国譲りと天孫降臨 |
| 高天原は邪馬台国か | 神武東征の話 |
| 第2章 『三国志』の邪馬台国 | 古事記の疑問点 |
| さまよえる邪馬台国 | 神話に昇華された真相 |
| 『魏志倭人伝』とは | 第12章 畿内進出の状況証拠 |
| 原始的資料 | 地名の一致 |
| 『後漢書東夷伝』と倭国の国々 | 銅鐸の消滅 |
| 第3章 邪馬台国と東アジア | 墓制の移行と絹の東伝 |
| 太伯伝説 | 第13章 邪馬台から大和王権へ |
| 徐福伝説 | 御間城入彦(崇神天皇)の擁立 |
| 中国と朝鮮半島の情勢 | 「親魏倭王」の金印とヤマト |
| 第4章 邪馬台国へのアプローチ | トミ地方の先住者たち |
| 方位の問題 | 御間城入彦の王権 |
| 里程の問題 | 出雲の神との葛藤 |
| 日数の問題 | 畿内統一と支配権の拡大 |
| 戸数の問題 | 御間城入彦の死と大和古墳群 |
| 第5章 倭人伝解釈の諸説 | 第14章 活目入彦(垂仁天皇)の時代 |
| 邪馬台国の比定地諸説 | 活目入彦と渡来人 |
| 韓国内陸行説批判 | 活目入彦の事績 |
| 伊都国基点説批判 | イリ系王権の後継者 |
| 畿内説への疑問 | 第15章 タラシ系王権 |
| 畿内の後進性 | 万世一系への疑問 |
| 第6章 邪馬台国への旅立ち | 不可解な景行天皇の記事 |
| 海上の道 | 景行天皇の九州征伐 |
| 伊都国と一大卒 | 景行天皇九州征伐の疑問点 |
| 奴国 | 第16章 ヤマトタケル |
| 不弥国 | 熊襲征伐のヤマトタケル |
| 海洋国家の投馬国 | 東国征伐のヤマトタケル |
| その余の傍国 | ヤマトタケルの謎 |
| 狗奴国 | 第17章 イリ系王権とタラシ系王権の結合 |
| 第7章 邪馬台国 | 五十瓊敷入彦命の幻影 |
| 邪馬台国と卑弥呼の宮殿 | 繋がれたイリ系とタラシ系王権 |
| 邪馬台国連合 | 九州の王権と渡来人 |
| 邪馬台国の誕生 | 第18章 タラシ系王権と神功皇后 |
| 邪馬台国の風俗習慣 |
王権の系譜と成務天皇の謎 |
| 第8章 卑弥呼と狗奴国との戦い | 神功皇后と三韓征伐伝説 |
| 卑弥呼の鬼道と役割 | 竹内宿称とは何者か |
| 卑弥呼の鏡 | 第19章 『記紀』編纂のほころび |
| 邪馬台国の戦い | タラシ系王権の終焉 |
| 狗奴国の行方 | 神功皇后と竹内宿称が鍵 |
| 第9章 卑弥呼の死と邪馬台国連合の変質 | 畿内に進出した竹内宿称 |
| 卑弥呼の外交 | 第20章 新たな王権の成立 |
| 卑弥呼の墓 | 渡来系の王権 |
| 台与の擁立と伊都国の没落 | 応神天皇の神格化 |
| 投馬国の勢力拡大 | 神功皇后摂政の謎 |
| 第10章 投馬国連合の成立 | 第21章 大和朝廷の成立 |
| 吉備国と墳丘墓 | 初代応神天皇 |
| 畿内の状況 | 応神・仁徳天皇の時代 |
| 瀬戸内海洋勢力との連携 | 持統と不比等の描いた国家像 |
| 投馬国連合の畿内進出と東征のモデル | 意図的な『記紀』編纂 |
| あとがき |
| 「古代遊人」こと宮下文夫・1946年栃木県生まれ。 中学時代から古墳めぐりなどに興味を持ち、大和や九州などの 遺跡を探訪、現在「古代遊人の古代史ロマン」のページを公開中。 |
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